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ケンブリッジルール

サッカーのこと

ポドルスキに聞いてみたいこと

ポドルスキが神戸移籍決定しましたね

トップレベルにいた選手なので、Jリーグでの試合を経験したあとにいろいろ聞いてみたいことがあります

このチャンスでヨーロッパのトップレベルを経験した方から率直な意見をきいてリーグ発展につなげていくことがもっとも有用だと思います

誰か聞いてくれないかな

 

Jリーグ全体のレベルは高いのか

ポドルスキブンデスセリエA、プレミアと経験しましたがそれらのリーグと比較してレベルが高いのかどうか印象を聞きたいです

印象がどんなものなのか知りたいですね

 

Jリーグの選手の中にヨーロッパでも通用する選手はいるか

ヨーロッパで活躍できる選手って日本国内で注目されてる選手だけでないと思うんです

日本人の視点で通用するって思ってる人はいますけど、実はヨーロッパの人たちから見たらこういう人は通用するっていう人が一定数いる気がしてるんです

長谷部選手は今うまくいってますけど、移籍当時通用するのかっていう意見はありましたし、柴崎選手はまだ移籍したばからですけど、あんだけうまいうまい言われてる選手でも苦戦してしまうケースってあるんです

そのあたり伺いたいです

 

Jリーグ含め、日本のサッカー界に対して違和感を感じたところ、嫌なところはどういうところか

日本のサッカー界を外の人が見たらどう思うか、改善できるところがあれば改善したほうがいいとおもうので、ポドルスキの移籍は絶好のチャンスだと思います

 

 

大金をはたいてプレーをさせることに対して、自分はあまり賛成しません

どのクラブも大金を投じて優秀な選手を獲得してリーグ全体が華やかになるのであればやってもいいと思うんですが、神戸だけがしているとそれは一過性のもので終わってしまう気がしますし、ずっと日本にはいてくれないから貢献もあまり期待できない気がするんです

失礼ですが、そもそもピークは過ぎた選手ではありますし

結局今回もそうですし、フォルランの時もそうですけど、投資じゃなくて消費として移籍がなされているところに虚しさを感じます

リーグ全体にとってもメリットがあまりない気がしますし、クラブに優勝をもたらしてくれる気がしません

それならポドルスキにかけてきた移籍金や年俸をそのまま育成や普及に充てたほうがよっぽど投資効果が高い気がします

でも移籍してしまったのであればしょうがないので、フィードバックをもらうことに徹するのが一番だと思います

ポドルスキの試合での期待はほどほどにして、活躍してくれればバンザイだし、活躍しなくても意見をとにかくもらう

そっちの方がよっぽど有用だと思うので、ポドルスキにいろいろと聞いてみてほしいです

ところで中国スーパーリーグてどんな感じなの?

前回のエントリーで中国スーパーリーグの移籍の話したんですけど、そもそも中国スーパーリーグのことよくわかってなかったなーって思ったので少し調べてみました

 

まずそもそも知らなかったんですけど、中国スーパーリーグって発足が1994年なんですね

なんかJリーグ意識してきっとプロ化したのかなーって思わせる年ですね

 

それと、調べて初めて知ったんですけど、クラブ名に親会社の名前が入っていて、やっぱりバックアップしてるのは企業なんだなってことがわかりました

広州恒大とか恒大グループって企業名がバリバリはいってたんですね

ほかのクラブもそうでした

やっぱり現状はそうやって企業が支えているってことですね

クラブ数は現在15クラブで案外国の規模からしたらコンパクトで海側の都市のクラブに集中してます

企業はどうしても海側の都市に集中して、経済力もあるので、クラブも海側に集中しているということでしょうか

サッカークラブは経済力とどうしても関連してしまうところがありますからね

なんかもっといろんなこと調べたいんですが、情報源が足りなすぎて困りました

もっといろいろ知りたいし、実際に観戦にも行ってみたいです

 

冬の移籍マーケットの変化

欧州サッカーで冬に大物が移籍するケースが減ってきました

ファイナンシャルフェアプレーの関係で収入以上の支出が許されないために派手な金銭のやりとりが減ったからでしょうけど、夏に玉突きで移籍するケースが増えたためか、冬の移籍は控え気味なのがトレンドなんでしょうね

この流れの中で面白いと思ったのが、中国が余剰戦力の受け皿になっていることです

アトレティコにいたジャクソン・マルティネスが中国に移籍しましたが、アトレティコで結果が出せないマルティネスに対して広州恒大が大金のオファーを出しましたが、ピリッとしない結果であれば大金を積まれた時点で放出しまうという判断は納得がいきます

チェルシーにいたオスカルも少なからず結果は出してましたが、オスカルがいなくても良い結果が出せると踏んでチェルシーは移籍させたのでしょう

言い方が悪いですが、中国で大金に換金してしまう流れは今後もトレンドとして続きそうですね

大金で選手が動いてしまうことに対して、別に悪い印象は持ちませんが、これからの中国スーパーリーグがどう発展していくのかという移籍以外のところにも注目したいところです

 

V・ファーレン長崎見てきました

Jリーグ開幕しました

運良く長崎にいたので、V・ファーレン長崎の試合を見てきました

 


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意外と大きいスタジアムでおどろきました

トランスコスモススタジアム長崎です

収容人数二万人で結構大きめです

きれいでしたし

トランスコスモスネーミングライツ持ってるのはバックオフィス業務が長崎にあるからなんですね

いいスタジアムできれいなんですけど、諫早市っていう長崎市の隣にあるスタジアムで長崎市の中心地からは離れているんです

ただ、スタジアムは国道沿いにあって、駐車場へも国道からすぐに入庫できてめちゃいあです

国道挟んで向かい側にはGUとセカンドストリートがあったので、諫早市はベッドタウンとかなんですかね?


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陸上トラックがあったんですけど、結構近くで見れた気がします

 

いいか悪いか別として観客もスタジアムのキャパの割には少ないので、のびのびと試合が見れて良かったです

 

東京に住んでいるのですが、長崎のような離れた土地で試合を見て、Jリーグって全国にあるんだなって、ここまでプロリーグが全国に浸透しているっていうことはすごいことなんじゃないかって感じました

 

サッカーで地域貢献するということ

地域貢献ってお互いに持ちつ持たれつの関係を築いていくこと、ウィンウィンの関係を築いていくことなんじゃないかなと私は思うんですけど、クラブが地域におんぶにだっこで貢献するどころか、助けてもらっていたりします。

また、サッカーを通じて地域貢献するということはサッカーによる恩恵をなにか提供することだと思うんですけど、サッカーの試合を開催して、ちょこちょこサッカー教室開いてはい、貢献みたいな形で終わらせてしまうのはちょっと違うと思うんです。

もっと踏み込んだ形で取り組んでいかないと地域貢献をしたことにならないと思います。

きっかけはヴァスコ・ダ・ガマ

昨日に引き続いてブラジルの話。

ブラジルでサッカークラブが次第にできてきたときに、白人中心のサッカークラブだと奴隷制が廃止された後でも、黒人選手は地位が低くて、クラブでプレーができなかったんですけど、黒人選手を初めて受け入れて始めたのが、名門のヴァスコ・ダ・ガマで、黒人選手を受け入れるっていうのは当時有り得ないし風当たりも強かったんですけど、黒人選手を受け入れた後、ヴァスコ・ダ・ガマはリーグ優勝を果たします。

それがきっかけで黒人選手の地位が向上することになっていきます。

向上してさらにガリンシャやペレなどブラジルの名選手が黒人から誕生するようになっていっていきました。

身体的な能力の差もありますが、ブラジルで他の国よりも先んじて、サッカーでの黒人の地位が高い状況にあったのは、ヴァスコ・ダ・ガマガリンシャ、ペレなどの存在が大きかったからだと言えます。

ブラジルでサッカークラブができたきっかけ

いま、サッカー強豪国でどういう経緯でサッカークラブが成立したのか調べてるのにはまってます。

それで、ブラジルの生まれたきっかけを、調べてるんですけど、ブラジルはとういうと、まず最初にサッカーを持ち込んで来たのはイギリスに留学したブラジル人らしいです。

んで、その人が二年間イギリス留学してブラジルに帰国してから、サンパウロ鉄道会社とかガス会社のエリート社員にサッカーを教えたらしいです。

その人たちが、サッカーやっておもしれーってなって、クラブチームを形成していったみたいです。

ただ、今言った形でクラブを形成していったのは都市部のほうらしくて、田舎の方では、ちょっと形成の仕方が違うみたいなんです。

 

どう違うかというと、ブラジルの各国からの移民の人たちのコミュニティがクラブを形成していったみたいなんです。

ブラジルって移民国家なんですけど、ポルトガル人が植民地化してからまず、アフリカ人の人を奴隷として連れてきて農園で働かせはじめました。

働かせてたんですけど、1888年奴隷解放があって、農園の奴隷たちみんな解放になって働き手が減ってしまったんです。

 

そこで、ヨーロッパの方から移民の人たちを連れてきて働いてもらおうってなって、ドイツとかイタリアとかいろんなヨーロッパの国の人きたんですけど、農園の人はヨーロッパの移民の人たちを昔の奴隷と同じような感じで扱ってしまって、待遇が保障されてると思って移民してきた人たちが逃げ出したんです。

 

でも移民してしまったからブラジルでなんとかしないといけないってときに同郷の移民同士でコミュニティを形成してコミュニケーションをとるようになったんです。

 

最初は互助の要素があって、各国の文化的なコミュニケーション(日本人で言えば盆踊りとか生け花をそのコミュニティのなかでやったりもしていたみたいです。)のために集まっていたんだけど、いつしかスポーツもやるようになっていって、サッカーの普及と重なって各地でクラブチームが形成されていったみたいです。